ひとつの寓話である。
 世の中に出ればいろいろなことが生じる、という話だ。
 発端は、前任者と同行して、はじめてK社を訪れたとき。
 オフィスと住宅が一緒になっているK社の駐車場に、そいつが寝そべっていた。ドアを開けると突然、そいつは起き上がり、加藤に向かって吠えはじめた。
 犬嫌いは犬にわかる。
 たしかにそうだ。犬に噛まれたら力を抜かなければいけない。筋肉を硬くしたら犬はさらに強く噛む。怖い話がリアリティを持った。
 だいじょうぶだよこいつは。
 前任者は無頓着に犬を撫でた。


 その名はジュニア、体長170cm。生まれた頃は小さかったろうが、今では全然ジュニアではない。目が長い毛で隠れ表情がよめない。
 営業するには最も強敵である。
 やはり行くたびに吠える。
 喜んで吠えるのではなく敵意のこもった吠え方だ。
 K社の社長はやさしい人だから、ジュニアが吠えると、外まで出てきて、叱ってくれる。しかしジュニアの奴は、低いうなりをやめない。
 相性が悪いようですね。
 と社長夫人。
 不幸な星の下に生まれまして。
 加藤は答える。
 そのわりに商談は順調に進む。

   

 ある日、加藤はホームセンターで見覚えのある袋と出会った。
 ドックフードだ、ジュニアの。
 K社に着くといつもどおり吠えられた。加藤は手にした袋から乾燥したその粒をジュニアの足元に静かに放った。いつも食べているエサのためか、警戒せずにすぐ食べた。また放った、また食べた。
 何度か繰り返すと、ジュニアの加藤に対する態度が変わった。やったついにやったぞ─必要な時に必要なものを、それが読めるかどうかが営業さ─そんな先輩のセリフを思い出しながら、改めて基本の大事さを犬から学んだ。何となく成長できたかな?帰り際、あいつはまた吠えた。