高層ビルやホテルなどの大型物件の場合には、使用されるクロスは数万メートルに及ぶ。こうしたケースは入札が基本だから、営業マンはメーカーと交渉し、指定商品をできるだけ安価に仕入れる。
 かりに、他社よりも安価に仕入れることができても、ぜひともこの物件を取りたいとなると、利益を無視した金額で見積もってくる相手もいるから、メーカーとの値段交渉がうまくいっても完全には安心できない。
 角田はさきほどメーカーから引き出した価格を念頭に、競合各社の最近の見積もり価格を端末で調べた。
 もう1社当たってみるか。
 端末を離れるとき角田が呟く。


 1日に生産できるクロスの量をロットと呼んでいる。メーカーの生産能力によって、商品によって、量は異なる。数百メートルのもあれば、数千メートルのもある。
 交渉のなかには、ロットの確保という項目もある。
 同じ品番であっても生産日がずれると、洋服地も同じだが、微妙に色合いなどがちがってしまう。
 値段交渉がうまくいったあと、角田は、先日頼んでおいた商品を確保してくれたかどうかを確認した。
 あっちはだいじょうぶです。
 明るい声が返ってきた。値段交渉で強く押したから機嫌を損ねたかと思ったが、そうではなかった。

   

 ひょっとしたら早まるかもね。
 施工現場での会話だ。工期は狂うものである、と角田も思う。台風の日もあれば、交通渋滞で材料が間に合わない場合もある。逆にトントン拍子に進み、早まることがある。
 したがって、一定の余裕をみて、メーカーに発注しておく。
 ところが、それでも間に合わなくなることがある。1日数百メートルしか生産できない特注品などの場合には、交渉力の見せ所だ。
 弱気になっては駄目な時がある、強気になりすぎても駄目な時もある。自分の譲れない部分をどう相手に伝えるか?日頃のリレーションの大切さを痛感する時でもある。